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江原道・五台山(オデサン)の月精寺と上院寺を巡る旅

2015-11-22 · 更新日: 2026-08-11 · 原文(韓国語)

この記事は韓国語のオリジナル記事をAIの支援で翻訳したものです。 韓国語の原文を読む →

最初から五台山(オデサン)へ旅行しようと思っていたわけではなかった。ただ、ソウルから気軽に足を運べる場所を探しているうちに五台山を見つけ、自然と月精寺(ウォルジョンサ)の話を目にするようになった。高麗時代に建てられた八角九層石塔が残っていること、そしてPM2.5などのスモッグで息苦しいソウルとは違い、小金剛(ソグムガン)の近くにある五台山にはトレッキングにぴったりのモミの木の森があることが、ここを旅行先に決めた理由だ。

月精寺

新羅(シルラ)後期、慈蔵律師(チャジャンユルサ)が中国の五台山での修行を終えて新羅に戻った後、現在の江原道(カンウォンド)平昌(ピョンチャン)にあるこの地の山々が五台山に似ていることから、地名を五台山と名付け、月精寺を建てた。最初から規模が大きかったわけではないだろうが、寂滅宝宮(釈迦の仏舎利を祀る場所)に中国から持ち帰った釈迦の舎利を安置した後に建てられたのが月精寺である。韓国の仏教史と歴史において本当に大きな足跡を残したお寺だが、朝鮮戦争の際、北朝鮮軍が拠点として使用することを恐れた韓国軍がこの一帯の寺院をすべて燃やしてしまったため、千年の歴史も何もかも、今は残っているものが一つもない。第二次世界大戦時、アメリカやヨーロッパではモニュメンツ・メン(文化財保護部隊)が活躍していたというのに、私たちはすべて燃やしてしまったということだ。

月精寺(ウォルジョンサ)、モミの木の森、駐車場などの位置が示された観光案内図。
駐車場に車を停めて金剛橋(クムガンギョ)を渡ると、目的地の月精寺とモミの木の森の道が見えてくる。

車に乗って月精寺へ向かって走っていると、道の途中にチケット売り場がある。国立公園の管理費は政府が廃止したが、お寺が独自に管理費という名目で入場料と駐車料金を徴収している。駐車料金が4,000ウォンで、大人は1人につき3,000ウォンだ。多くの人が指摘している部分だが、果たしてどんな管理をしているのかは、中に入ってみないと分からないだろう。

澄んだ渓谷の水が流れ、周辺に葉の落ちた木々が立っている晩秋の風景。
底の石や落ち葉が透けて見える澄んだ水。
水の中が透き通って見える。まだ韓国にこんな場所があって本当によかった。
天王門という扁額が掲げられ、両脇に絵が描かれた寺の赤い門。
月精寺の入り口である天静門(チョンジョンムン)だ。両側では四天王が出迎えてくれるが、まあこの方々もそれほどお年を召していない(歴史が浅い)ので写真もない。

月精寺で見どころなのは、国宝第48号の「月精寺八角九層石塔」と宝物第139号の「石造菩薩坐像」だ。石造菩薩坐像はレプリカが置かれており、本物は月精寺内にある聖宝博物館に保管されている。残りの歴史的な建物は、先ほど触れたように韓国軍がすべて火を放って燃やしてしまった。

国宝第48号 月精寺八角九層石塔 Wikipedia

宝物第139号 石造菩薩坐像 Wikipedia

月精寺(ウォルジョンサ)八角九層石塔に関する説明が、韓国語と英語で書かれた案内板。
寺の境内に建てられた9層の八角石塔と、その前にひざまずく石造菩薩坐像。
レプリカだとしても、塔を見つめて供養する姿がよく似合っている。
青空の下、寺の殿閣を背景に立つ八角九層石塔。
塔の階数を数えていると9層なのか10層なのか分からなくなるが、それは下に2段の基壇が敷かれているからだ。
曇り空を背景に逆光を受け、暗く見える石塔の上層部。
伝統的な寺の建物の前に建てられた多層石塔と、その前にひざまずく石造菩薩像。
青空を背景に立つ石塔の頂上にある華やかな金属の飾り。
石塔の各層の端に吊るされた小さな金属製の風鈴。
壮大な寺の殿閣と、その前にそびえ立つ多層石塔の周りを歩く人々。

塔だけを見ると、本当にこれが千年以上の歳月を経てきた塔なのかと驚くほど保存状態が良い。このうち4つの層は崩れて新しく入れ替えられたそうだが、その際に内部に保管されていた宝物が発見されたという。その宝物も聖宝博物館にあるらしいが、私が行った時には見当たらず、不思議な民画だけがガラスケースの中に保管されていた。

ついでに聖宝博物館について話すと、館内は写真撮影が禁止で、ガラスの中には民画が展示されていた。ところが、肝心の重要に保管すべき坐像は、ぽつんと外に置かれていたのだ。なんなら、その気になれば触ることもできた。この人たちは一体なぜ入場料を取って、何を保存しているのか全く理解できない。入場料を取る場所には、一人でも逃すまいとあちこちにスタッフがいるのに、博物館の中には見張りが一人もいない。私の常識では到底理解できないことだ。

モミの木の森の道

片側に高い木々が立ち並び、もう片側は森が広がる広い土の道を歩く人々。
森の土道の脇に、幹が空洞になって倒れている巨大な古木の根元。
空に向かってまっすぐ伸びる木々の間を通る、平坦な土の道を散策する人々。

興奮した気持ちを落ち着かせて、モミの木の森の道を歩いた。途中に理解しがたい人工的なアート作品があって不思議に思ったが、好きな人と嫌いな人が半分半分といったところだろう。

上院寺

上院寺(サンウォンサ)は月精寺の末寺だ。漢字をそのまま解釈すれば、月精寺の一番最後にあるお寺ということになるが、それなら月精寺の範囲が約10kmにもなるということなのだろうか?なんだかよく分からない。月精寺から上院寺までは8.8kmあるため、車で行くのがおすすめだ。しかし、周辺の登山を目的に来ている方々は、直接歩いて行くこともあるようだ。

月精寺(ウォルジョンサ)、六水庵(ユクスアム)、モミの木の森、上院寺(サンウォンサ)への方向と距離が書かれた五台山(オデサン)国立公園の案内標識。
月精寺から8.8km離れた場所に上院寺がある。
黄色い建物の前の砂利の庭に、古い石造りの造形物が置かれている。

到着すると、すぐに見える小さな石柱がある。世祖(セジョ:朝鮮時代の王)が沐浴するために服を掛けた「冠帯掛け(クァンデゴリ)」が残っているのだ。仏教から儒教へと移行する朝鮮時代初期だったため、まだ仏教の力が残っていたからか、仏教に関連する話が残されている。その中で、上院寺と冠帯掛けに関する有名な逸話がある。

世祖と文殊菩薩の物語

要約すると、悪行を働いた世祖が懺悔している間に、文殊菩薩に二度も出会ったというものだ。そのうちの最初の対面の時、小僧の姿に変わった文殊菩薩に出会うことになる。小僧に背中を流してほしいと頼むために服を脱いで掛けた場所が冠帯掛けであり、小僧の姿を彫刻した木彫りの像は上院寺の法堂に安置されている。

当然、あそこに上着を掛けて王様のようにポーズをとって写真を撮ったのだが…内官(ネシ)のように写ってしまったので写真は載せられない。

もう一つ、上院寺について話すことがある。月精寺は韓国軍がすっかり燃やしてしまったが、上院寺は住職が「自分には寺を守る義務があるから、自分も一緒に燃やせ」と要求したそうだ。そう強く言われたため、軍もどうすることもできず、門だけを燃やしたという。お寺全体が光復(日本の統治からの解放)以降に再建されたものなので、見たかった新羅や高麗時代の文化財は見られないが、寺院を守ろうとした魂は感じることができる。

上院寺で見るべきものといえば、国宝第36号の「上院寺銅鐘」と、先ほど話した文殊童子を彫刻した国宝第221号の「木造文殊童子坐像」だ。このうち木造文殊童子坐像は、事前に把握していなかったためちゃんと見ることができなかった。いつものように、旅行から帰ってきて整理している時に気づいた。おっちょこちょいだな〜。

国宝第36号 上院寺銅鐘

国宝第221号 上院寺木造文殊童子坐像

山へと続く石段と、その横に「煩悩が消える道」と書かれた青い案内板。
煩悩が消える道に沿って進むと上院寺が現れる。突然の登山にハァハァ言いながら登った。
赤い柱と華やかな丹青(タンチョン、韓国伝統の彩色)で飾られた上院寺(サンウォンサ)の建物の入口に入る人々。
上院寺
華やかな丹青模様の楼閣の下に、精巧な彫刻が施された大きな青銅の鐘が吊るされている。
登ってきてすぐに、まずは上院寺の銅鐘から見た。
青銅の鐘の表面に、雲に乗って楽器を演奏する2人の飛天像が浮き彫りにされている。
青銅の鐘の上部に、龍の形の吊り手と円筒形の飾りが精巧に彫刻されている。
上院寺(サンウォンサ)の銅鐘に関する説明が、韓国語と英語でそれぞれ書かれた2枚の金属製の案内板。
横にレプリカがあるので詳しく見ることができる。それでも、新羅時代に作られた本物がどんな姿をしているのか気になる。
開いた扉の隙間から、仏像の前で祈る人々の後ろ姿が見える寺の内部。
左側にある仏像が木造文殊童子坐像だ。木造なのになぜ金箔が塗られているのかは分からない。中でとても熱心にお祈りをされていたので、邪魔になるかと思って入らなかったが、少し見て回ればよかった。
曇り空を背景に、暗い柱の上に立つ金色の鳳凰の彫刻像。
現代美術で作られた鳳凰もある。
#五台山きれい #文化財の保護はもう少しちゃんとしてほしい