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サンクトペテルブルク旅行記:ドストエフスキー『罪と罰』の足跡をたどる

2016-10-06 · 更新日: 2026-08-11 · 原文(韓国語)

この記事は韓国語のオリジナル記事をAIの支援で翻訳したものです。 韓国語の原文を読む →

夜に開催されるサンクトペテルブルク建都記念祭に行くことを思うとワクワクするが、いざ日が昇っている昼間は何をしようか途方に暮れてしまう。こんな時は、とりあえずご飯から食べよう。

ビニールに包まれたチョコレートパンとラップで包装されたピザパン、そしてミネラルウォーターのペットボトル
チョコレートと白いシロップがかけられた丸いパンと、その後ろに置かれたミネラルウォーターのペットボトル
サンクトペテルブルクで意外と美味しいのがパンだ。ビニール袋に入れて電子レンジで温めるので環境ホルモンが少し心配になるが、一口かじればそんなことはすべて忘れてしまう。ピザパンとすごく甘いチョコパン、それに水を買って135RUB。韓国ウォンで約2,500KRW。

なぜもっと早く食べなかったのかと悔やまれるほど美味しいパンを食べながら、どこへ行こうか悩んでいた時に思い浮かんだのがドストエフスキーだ。ほとんどの作品の舞台となっているほど、サンクトペテルブルクが誇る世界的な作家、ドストエフスキー。『罪と罰』に登場する建物や道路などは、実際に彼が住んでいた場所の近くの地名を使ってリアリティを極限まで高めたそうだ。イルクーツクからモスクワへ向かうシベリア鉄道に乗った時、スンジュン兄さんとドストエフスキーについて語り合って以来、ぐっと関心が高まっていた。さらに、ガイドブックにも専用のページが割かれているほどドストエフスキーゆかりの建物がよくまとめられていたので、昼間は『罪と罰』の世界に浸ることにした。

複数の人物の彫像に支えられている巨大な女性の銅像
道中にあるエカチェリーナ2世と彼女の恋人たち。男性遍歴が非常に激しかった女帝だ。男たちの表情が「君も恋人なのか!!!」と言っているようで面白い。
広い広場の中央に建てられた巨大な銅像と、その前の丸い花壇
満開のピンク色のチューリップ1輪と、その後ろに咲き乱れるチューリップの群れ
建物の前の芝生に沿って長く植えられたピンク色のチューリップの花壇
ロシアには絶対に夏に来るべきだ。
華やかな装飾の出入り口とアーチ型の窓があるミント色の古典様式の建物
緑色の壁に掛けられた木製フレームの中にある2016年5月の公演日程表
ロシア語で書かれた金色の看板が壁に掛けられている。
冬宮殿に似ているこの建物はボリショイ映画学校だ。「トフストノーゴフ・ロシア国立ボリショイ・ドラマ映画学校」という長い名前があるが、単にボリショイ映画学校と略して呼びたい。
広い広場を多くの人が歩いており、後ろに大きな建物が見える。
センナヤ広場

『罪と罰』の主な舞台であるセンナヤ広場、質屋の老婆、ソーニャ、そして主人公ラスコリニコフの家が集まっているエリアに到着した。地図を見ながらたどり着いたセンナヤ広場は、すでに本に描写されている内容とはまったく違う姿だった。市場のようにごちゃごちゃしている部分は似ているが、広場という言葉が色褪せるほどその周辺がかなり発展している。少し残念な気持ちを抱えながら家が集まる場所へ向かって歩いていると、コクシュキン橋が見えてきた。

運河の横に古風な多層階の建物が立っており、人々が道を歩いている。
運河の上を通る緑色の鉄橋と周辺の建物。
本の中でK橋として描写されているコクシュキン橋

橋を渡るたびに変化したラスコリニコフの心情を感じるため、できるだけゆっくりと橋を渡った。ガイドブックに書かれている通り、冬の橋の姿の方がより『罪と罰』の背景に似ている気がする。夏のコクシュキン橋は、不思議なことに渡るほどに穏やかな気分になり、座りたくなってくる。

黄色い外壁を持つ多層階の建物の外観。
黄色い壁にロシア語でグリボエードフ運河と書かれた黒い標識が貼られている。
ソーニャの家

もう少し歩くと、73番地のソーニャの家があった。ソーニャの家までは何の案内板もなかった。おまけに建物も古いものではなく、ビルに近い家だ。

建物の壁にドストエフスキーが住んでいたという内容が書かれた灰色の石板がある。
ドストエフスキーの家にある石板
サンクトペテルブルクの通りにあるピンク色の外壁の多層階の建物の外観
ドストエフスキーが執筆していたアパート(もちろん昔のままではないと思う)
街角に位置する黄色い多層階の建物の全体的な様子。
建物の外壁に設置されたドストエフスキーのレリーフとロシア語の銘板
階段に立っている男性の姿を描写した黒いレリーフ彫刻
ラスコリニコフの家。ラスコリニコフのレリーフと「ラスコリニコフの家、ペテルブルクのこの家に住んでいた人々の悲劇的な運命は、ドストエフスキーが全人類に善を説くための土台となった」と書かれている。イージーロシア(ガイドブック)参照

ドストエフスキーの家には予想に反して小さな記念碑があるだけだ。しかも一般の住宅として使われているため、中に入ることもできなかった。博物館として使われているのではないかと予想していたが、完全に外れた。しかし、ラスコリニコフの家にはレリーフと石板があり、私のようにカメラを片手にドストエフスキーの足跡をたどる人々が順番に写真を撮るスポットになっていた。

建物の壁面に1824年11月7日の水位を示したロシア語の銘板
1階に店舗があるベージュ色の外壁の多層階の建物の角
建物の外壁に貼られているグリボエードフ運河104番地の住所標識
最後に立ち寄ったのは、殺人が起きたまさにその場所、質屋の老婆の家だ。道も殺伐としていて建物も恐ろしいだろうと予想していたが、すべて再開発されているためそんな雰囲気はまったくない。今はもう質屋はなく、24時間営業のスーパーマーケットがある。

すべて再開発されていて本で読んだような雰囲気を感じることはできなかったが、ここで人間がどう生きるべきかについて苦悩した大作家の息遣いを少しでも共有できたことに満足している。


経費

総経費 645RUB, €20

旅行総経費 525,936KRW + 46,558RUB + $312.26 + €40